タノバ食堂がモデルとするフランスの「小さな食堂(Les Petites Cantines)」。
私たちがこの素敵な取り組みを知るきっかけとなった記事を、
フランス在住のジャーナリスト・髙崎順子さんが再編集してくださいました。
ぜひご覧ください。
料理人なし、定価格なし。作りたい人が作り、払いたい額を払うーーユニークな飲食モデルを東京・野沢で立ち上げ、2024年の秋めでたく1周年を迎えたタノバ食堂。その活動の源には、フランスの先駆者たちの存在があった。
その名も「小さな食堂(レ・プティット・カンティーヌ)」。2016年、フランス第二の都市リヨンで生まれた非営利団体だ。集合住宅の1階やホテルの朝食室を活用しつつ、エコ&ヘルシーな温かい食事を近隣の人々に提供している。
名前は慎ましやかだけれど、この食堂の取り組みはとても大胆でエキサイティングだ。まず食事には規定の料金がなく、各人が払えるだけ・払いたいだけの額を払う「自由価格制」。加えてここには固定の調理人やサービスマンがおらず、食後の掃除まですべて日替わりのボランティアが行う。それでしっかりと採算を取りながら、現在フランス全土に13件を展開している。ここで満たすのは「空腹」と「孤独」。ヒトにとって最重要な二つの原始的な欠乏を見据えて始まった、全く新しい形の外食産業である。
フランスの仲間たちは、どのように集って、料理をして、食を分かち合っているのだろう? ある秋の1日、リヨンの「小さな食堂」を尋ねた。
始まりのコーヒータイムが、一番大切。
この食堂の1日は、朝9時半のコーヒータイムから始まる。事前に申し込みをした調理ボランティアがコーヒーを片手に談笑し、その日の『チーム』を結成する。店主のアナベルさん曰く、「1日で一番大切な時間」だ。
大窓から朝日が気持ちよく差し込む食堂は、ターミナル駅そばの二つ星ホテルの朝食ルーム。外観は簡素だけれど、ふと中を覗き込みたくなるような温かい空気が漂っている。ホテル業の常で、この場所は朝食サービス以外はデッドスペースになる。そこで「小さな食堂」の意義に賛同したオーナーが、9時半から21時半までの12時間、無料貸与を申し出た。
コーヒータイムのテーブルに並ぶクロワッサンも、実はホテルの朝食の残り物。それを「お礼」として振る舞われるボランティアスタッフが、12時までの2時間半で約20人前の昼食を作る。事前に電話予約をすれば基本的に誰でも参加できるが、場合によっては人数制限もある。今日のメンバーは女性4名、男性5名の9人。うち一人が非営利団体の正社員である店主、二人は国の社会福祉系雇用補助制度で採用された有期雇用研修生だそうだ。
ボランティアたちには常連や顔見知りもおり、近況報告に話の花が咲いている。20代から60代まで幅広い年齢層だ。全員がテーブルにつくと、自己紹介が始まった。
「じゃあ、名前と自分の長所・短所を一つずつ言ってね」
店主がまず、口火を切る。「長所は善意で行動するところ。短所は注意力が散漫になり、いろんなことを一度にやろうとするところ」。コンパクトにまとめると、発言ターンを隣の人へ回した。店主の話し方を例に、職業や年齢、家族構成などには誰も触れない。「料理と食事をともにするには必要ではない情報だし、その話をしたくない人もいるから」と店主。毎回を自己紹介から始めるのは、「誰が来てもいい」というこの食堂の理念を理解させるためでもある。
目論見通り、全員が話し終わる頃には場はすっかり打ち解けている。誰からともなくカップを片付け、厨房に入る様子には、早々とチーム的な親密感が生まれていた。
メニューは「おばあちゃんちと同じ」
調理前には、重要な確認事項が二つ。まず衛生面の注意、そして献立である。
献立の土台はその日の朝に店主が考える。近隣の契約農家から届くオーガニック野菜に冷蔵庫の在庫を組み合わせて、ポリシーは「ヘルシーに、エコに、動物性食品は最小限に」。日によっては提携のオーガニック食材店から廃棄前商品を提供されることもあり、献立作りはパズルのようだ。そのパズルを、ここでは調理スタッフ全員で解く。
「ほうれん草がたっぷりあるんだけど、ピュレにしようか?」と店主が言うと、ボランティアから声が上がる。
「卵とミルクもあったから、ケーク・サレにしようよ」
「あ、その方がボリュームが出るね。レシピあったかな?」
「前に作ったブロッコリーのものをアレンジできると思う」
「じゃ、決まり!ケークサレで行こう」
最終メニューは、その日の調理ボランティアの同意で決める。「その方が楽しく、おいしくできる」からだ。この方針を表すのに、予約を受け付ける公式サイトのメニュー紹介ページには「おばあちゃんちと同じ」と書かれている。「何が出るかは分からないけど、美味しいものが食べられる!」という意味を込めて。
取材日のメニュー
- カリフラワーのクリームスープ
- いろいろ野菜の組み合わせサラダ
- ほうれん草のケーク・サレ
- 皮付きポテト
- プルーンとりんごのクランブル
できることを、できる人がやる。
いざ調理が始まると、厨房の空気は和気藹々そのもの。談笑の延長で腕まくりをして手を洗い、店主を囲んで指示を待つ。店主が各料理にざっくりとメイン担当を決め、それ以外のボランティアは手が空いた人が、その場で必要な作業をする。料理好きの青年は目を輝かせて自慢の包丁セット(日本製!)を披露し、常連のムッシューは「私はデザート担当だから!」と、やる気満々で洗い物に張り付く。手持ち無沙汰にしている人はいない。店主が細やかに目を光らせて、作業を割り振るためだ。
「ズルしてサボろうとする人はいないんですか?」
念のため尋ねてみると、店主に不思議そうな顔で見られた。
「そういう人は最初から来ないです。ここは誰にも強制されず、やりたい人だけが集まる場所だから」
「そうそう!」と言い添えるのは、ほぼ毎日調理スタッフとして参加しているマダムだ。
「私は労災で仕事を辞めざるを得なかったのだけど、ここがあるおかげで毎日がとても楽しいの。得意の料理で役に立てるし、ワイワイやっているうちに、あっという間に時間が経っちゃう。サボったり退屈する暇なんてないのよ!」
ね、とマダムが同意を求めると、店主は満足そうに頷き、果物を切る手を動かしたまま答えた。
「毎日来る常連には、『人生には小さな食堂が必要だ』と言う人もいます。どうしてこれまでなかったんだって。本物のソーシャルアクションって、大抵そんなものですよね。今までなかったことが不思議なくらい、ない社会が想像できなくなるんです」
大テーブルと、大皿料理を分かち合う
12時15分前には、デザート以外の料理がすべて揃った。クランブルの仕上げをする店主を残し、調理スタッフは食卓を整えるため、ホールへ。今日の参加人数を改めて確認し、大テーブルに椅子とカトラリーを並べていく。食事をするためだけに訪れる人々も、到着早々から手を貸した。その光景はまさに、親戚の家での昼食のようだ。
12時ぴったりに、その時に揃った人だけで食事が始まる。遅れて来た人にはテーブルと椅子を追加し、調理スタッフが料理を取り分ける。先に食べる方も後から合流する方も、気まずさはまるでない。軽く笑顔と挨拶を交わし、ごく自然に、今日のメニューについて話す。12時半を回る頃には、食卓を埋める人々は23人になっていた。
到着者はまず店主が必ず迎え、予約の有無を確認する。飛び込みの場合は趣旨を説明し、食堂のルールと1年間の会員登録(登録料も自由価格)に賛同してもらった上、料理に余裕があれば受け入れる。そのコントロールもまた、店主の腕の見せ所だ。
「前々からずっと気になっていたのだけど、今日は仕事が休みだったからやっと来れたの。美味しいし、楽しい!」
そう話すのは、飛び込みでやって来たチュニジア出身のムスリム女性。『小さな食堂』では動物性食品を極力使わないが、それは宗教によって肉の献立が禁忌である人も、安心して食べられるように、との理由もある。彼女の隣に座るのは国内からの旅行客で、リヨン市観光局の勧めでやって来たのだそうだ。
「ブルターニュに住んでいて、今日の夕方帰ります。一人静かにレストランで食事するよりずっといいですね。私の街にも是非欲しいくらい!」 あなたがやったらいいのに!と、どこからともなく声が上がる。わぁ、そうだよね!と答える声もまんざらではない。小さな食堂のハッピーウィルスはこうして伝染していくのだろう。広げるためのノウハウも仲間も、まさにここにあるのだから。
あなたがやったらいいのに!と、どこからともなく声が上がる。わぁ、そうだよね!と答える声もまんざらではない。小さな食堂のハッピーウィルスはこうして伝染していくのだろう。広げるためのノウハウも仲間も、まさにここにあるのだから。
経済がソーシャルアクションを地域に浸透させる
「気分が良くなったでしょう?」
そう微笑むのは、『小さな食堂』を立ち上げたディアンヌ・デュプレ・ラトゥールさん。昼食の後に訪れたインタビューでの第一声だ。ディアンヌさんは明朗な声で続ける。『小さな食堂』は人間にとって最も需要な二つの欲求を、いっぺんに癒してくれる。その二つの欲求とは「お腹を満たすこと」、そして「一人ではないと感じること」だーーと。
起業のきっかけになった出来事は、大切な家族を事故で亡くしたこと。これ以上ない悲しみの時期を、近隣の知人や見知らぬ人々に支えられて乗り切った。
「ご近所さんが一緒に食卓を囲み、空腹と孤独を同時に癒せる場所を作りたいと思ったんです。私がそうして回復し、人生を豊かにしてもらったように」
2016年の1号店オープン直後から好評を博し、8ヶ月で会員は3000人、調理ボランティアは500人を超えた。その後口コミやSNS、メディアで認知が広がり、3年間で同市内に支部を3カ所増設、そのあとはリヨン以外の都市でいくつもの新規オープン計画が相次いだ。
ディアンヌさん曰く、成功の秘訣は二つある。まずは立ち上げ後の3年間を支えた、「店主」を軸とした12のルール「小さな食堂憲章」の存在だ。ボランティアだからこそ参加者の善意が空回りしたり、声の大きい人が場を私有化しないよう、明確なルールとそれを監督する人が必要。『小さな食堂』の闊達な空気は、明確なルールの枠取りのもと醸成されたのだ。
「もう一つは、<ブランドシェア>の考え方です。私たち中央運営は経営モデルとツールを作り、新規オープンをサポートしていますが、ノウハウを売るフランチャイズではない。伝えたいのは自由価格・ボランティア運営・ヘルシー&エコという、新しい食堂の『あり方』です。このあり方は絶対に社会に必要だ、広く伝えるべきものだと最初から信じていたので、どうすればそれが手頃に実現できるかを考えました。その答えが、丁寧に分かりやすく理念を伝え、ノウハウの確立は現場に任せるやり方。中央運営はあくまで取りまとめとサポート役に徹します。すると各店で常に新しいソリューションが生み出され、『小さな食堂』のブランド価値を、それぞれのスタイルで向上してくれるのです」
自分の街にも『小さな食堂』を作りたい、と願う人向けに、中央運営では研修プログラム(有料)を提案している。フランスでは常設外食営業には営業許可と保健衛生の講習受講・取得が必要で、行政手続きの案内を組織運営のノウハウとともに伝えている。
「自由価格のアクションが経済的に成立するということを、私たちは一番重要視しています。ただ人と人を繋ぐだけではない、そこで金銭が適切に巡って初めて、ソーシャルアクションは地域に浸透できるんです」
だから「小さな食堂」の運営でも、参加者の自由価格の支払いで賄える仕組み作りを最重視した。「小さな食堂」の1食の目安は10〜15ユーロだが(2024年秋)、3ユーロしか払えない人もいれば、20ユーロ払う人もいる。その1/3を食材費、1/3を人件費、1/3を光熱費などの固定費として使う。現在13軒ある『小さな食堂』の中には寄付を受け付けているところもあるが、今のところ皆、自由価格性の経営モデルで問題なく回転しているそうだ。
そしてそれが可能なのは、非営利団体としての活動だからだ、と断言する。
「自分が得るためではなく、他者に与えるために、お金を動かす。非営利団体だけが持つこの可能性を、今後も証明していきたいと願っています」
フランスでは非営利団体の歴史が長く、1901年に「アソシアシオン(アソシエーション)」の名称で法制化されている。有益性の高い社会変革アクションの多くはアソシアシオンから始まり、賛同者・支援者を得て成長したのち、国が承認して公的サービスとなる、という流れがある。例えば現在、各公立幼稚園・小学校に併設されている公営学童保育も、民間アソシアシオンの活動が公的サービスになった例の一つだ。
アソシアシオンが自然発生的なボランティアやサークル活動と異なるのは、明確な事業プランがあることと、主催者が団体主旨に即して事業をコントロールし運営する点にある。この「小さな食堂」も、明確なプランとコントロールにより潤滑な運営が行われているアソシアシオンの好例だ。 非営利団体だからこそメリットを最大限生かし、その可能性に賭ける「小さな食堂」。彼らのチャレンジは財界からも注目を浴び、2017年には大手日刊紙「ルモンド」主催の「相互扶助ファイナンス大賞」を受賞している。
小さな食堂憲章
小さな食堂憲章(2019年当時)
- 最も大切な決まりは、ここはみんなが幸せであるための場所であるということ。それがシェアされるなら、なお良い。
- ここに「お客」はおらず、「参加者」だけがいる。皆が皆を受け入れること。
- 「小さな食堂」はおばあちゃんの家と同じ。ご飯の前には必ず手を洗うこと!
- 友達同士のパーティは楽しいけれど、「小さな食堂」は初対面の人と知り合う場所と心得て。
- 参加費は一人9ユーロ+笑顔がギリギリのバランス。もしもう少し出してもらえれば、より多くの人が参加できます。
- 参加型調理では、積極的に洗い物をすると効果抜群!みんなに好かれます。
- レシピに迷ったら、塩を加える前に店主に尋ねること。
- 参加者の一人にイラついたら、心を落ち着けて非暴力コミュニケーションを心がけて。
参加者みんなにイラついたら、無言で洗い物に没頭して。 - ドリンクはオマケ。アルコールは2杯まで。
- 禁煙。タバコを吸いたい参加者は外で吸い、戻って来たら手を洗うこと。
- メニューは人生と同じ。時には思い通りにいかないこともある。12 店主は最後まで「主」。最終決断をするのは常に店主である。
取材・執筆者プロフィール
ライター。フランス・パリ郊外在住。
東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。フランスの文化・社会を題材に取材・執筆している。著書に『休暇のマネジメント~28連休を実現する仕組みと働き方』(KADOKAWA)、『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)などがある。著書や記事で取材したテーマに関連し、フランス現地視察や関連団体との意見交換でも活動している。